LOGINヨームを使い始めてから2日が経つけど、そこまで目に視えるような混乱は起きていない。
フレックやアランさんに頼んで作ってもらっていたヨームは、急いで作成したというのにもかかわらず、次の日には各家に5組ずつ渡せるように出来上がっていた。
特に急がせたわけじゃないと二人は言っていたし、新しいものを作るのは楽しいとアイザック領都のドランにある木工細工店では喜ばれたそうだ。
その時にどのような使い方をするのかと聞かれたようだけど、二人ともまだ話すわけにはいかないと言って、その先はアイザック家からも正式にお話が有るまでは待てと言って戻ってきたそうだ。
――そこまでしなくてもいいんじゃないかな?
僕はその話を聞きながら、広まっちゃたら仕方ないのに……。
なんて簡単に考えていた。
僕の所にも、ヨームの使い方や考え方、見方などを聞きに毎日の様にメイドの皆や、使用人として働いている人、そして庭師のジャンに至るまで、途切れる事が無いと思うくらい、真剣な眼をしながら聞いてくれる人たちがいる。
「ふぅ~……」
「おつかれさま」
そんなやり取りをしていて、ようやく落ち着いたお昼過ぎのティータイム。独りでサロンに行きお茶をしようと思っていたのだけど、後からトコトコとアスティとフィリアが僕の後をついて来た。
その3人でお茶を飲むことにして、そのままサロンへと向かう。
いつもなら、お昼の軽い食事をした後は家族そろってティータイムなのだが、ガルバン様と父さんは執務室に入り、何やら話し合いをしているみたいだし、母さんとメイリン様も母さんの部屋へ一緒に入って行ってしまうので、ここ2日間はアスティかフィリアと一緒にお茶を飲むことが増えていた。
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不思議な夢を見ていた。『ようやく会うことが出来たね』「きみははだれ?」 寝転んでいる僕の前に立って、ジッと僕を見つめる女の子。『わたしは|今《・》|は《・》名前なんて無いよ』「ここはどこなの?」 辺りを見回しているけど、真っ白で何も見えない。『ここはあなた……ロイドの夢の中よ』「夢の中?」『そう』「何をしてるの? こんなところで……」『あなたに会いに来たのよ』「僕に?」『うん』 そう言うと女の子は僕に少しだけ近づいてくる。『ロイド』「なに?」『忘れないでね』「え?」『あなたはこの世界に愛されているわ』「そ、そうなの?」『うん』「でも僕、魔力もないし、魔法だって使えないよ?」『大丈夫よ。あなたには|私《・》|達《・》が付いているから』「そういう事?」 僕が質問すると、女の子は静かに笑ってそのままスッと消えていく。「え? ちょ、ちょっと待って!!」 女の子へ向けて必死に手を伸ばすけど、届くことなく女の子は更に消えていく。『忘れないでね、ロイド。私達はいつもあなたの側にいるから……』 それだけを言い残し、僕の前から完全に消え去ってしまった。 僕が目を覚ましたのは、あれから既に10日が過ぎてから。
新年になる二日前。 ようやく大樹様の元へとたどり着く道が出来上がり、大樹様を囲っている壁の前へと領兵と父さんと僕が並んでいた。 父さんが、防寒着として着ている毛皮の中から、ジャラっと音をたてながら、鍵のようなものを取り出し、唯一の出入り口となっている扉へと差し込む。ギギギィ~ きしむ様な音を上げながら、重そうな扉が開かれて中が見えるようになったのだけど、その様子を見て僕は驚いた。「あれ? 雪が……無い」「そのようだな……どういうことなんだ。こんな事今まで一度もなかったぞ」 もちろん壁の上には屋根などついていないから、本来なら壁で囲われている中も雪に覆われているはずなのに、そこに広がっていたのは暑季と同じような、緑色の風景が広がっていた。 大樹様というくらいなので、壁の中はけっこう広い。そしてその中心となる場所に、更に策で囲われた場所がある。そこが大樹様が立っていたとされる場所。そこへ向けて僕達は父さんを先頭に歩き出した。「まぁ綺麗な事は良い事だな。毎年していた雪出しもしなくて済む」「そうだね」「でも不思議な事もあるもんだな。じいさん達にも見せてやりたかった」「お爺ちゃんか……」 父さんの言う爺さんとは、父さんのお父さんの事で、僕のおじいちゃん。僕が生まれて新しい年になる前に、病で亡くなってしまったという話を聞いたことが有る。お婆ちゃんはその前、まだ父さんと母さんが結婚する前に亡くなっているので、僕は実際には二人に会った事が無い。 そんな話をしつつ、塀の側までたどり着く。「さて、大樹様は無事かな
ドラバニア王国は、1月1日から新年として新たな年を迎えるのだけど、どの領でも家族そろってその日を迎えるのが普通の事となっている。そこには貴族とか平民とか関係なし。 新年を迎えるにあたり、王都などに働きに出ている人や、学院に通っている貴族の子供などが自領へと戻ったりするので、実はこの新年を迎える日前後が、一番領内の人が増える。 特にその日に何かしなくちゃいけないという決まりがあるわけじゃないので、殆どの人はゆっくりと過ごす事になるのだけど、その中でもウチはちょっと違う。いやたぶんドラバニアの国の中で国王様たち王族以外で、唯一忙しい新年の迎え方をしているんじゃないかな?「うぉん!!」「あ、アルトそんなに駆け回ったら危ないよ!!」「あはは、やっぱり犬は雪が降っても元気だな」 屋敷の周りに積もった雪を、屋敷にいる者たち総出でかたずけをしていると、何が楽しいのかアルトが雪の中へと駆けだして、飛び跳ねたり、ごろんごろんと寝転んだりはしゃぎまわっている。 その様子を見て呆れる僕と、笑ってみている父さん。メイドの皆さんや使用人の皆さんはせっせと雪かきしている。 国の最南端に位置するアイザック領なのだけど、国がある場所が大陸のほぼ真ん中に位置するので、雪もけっこう積もったりするんだけど、アスティのいるアルスター領に比べるとそこまで降ったり、出掛けたりすることが出来なくなったりという事は無い。――アスティは元気にしているかな? 雪かきをしながら、遠い場所へと帰ってしまったアスティの事を思い出す。もちろんアルスター家の人達の事も考えるけど、やっぱりアスティの事を考える事が多い。「よし!! 屋敷の周りはこのくらいでいいだろう!! これから大樹様の元への道を造っていくぞ!!」「「「「「おう!!(はい!!)」」」」」
僕は、部屋に入って椅子に座らされるとすぐに、父さんから先ほどの事を詳しく聞きたいというので、思った事を素直に言う事にした。「先ほどの事なのだが、どうして思いついたんだ?」「思いついたっていうか……」「うん?」「屋敷の中で働いている人達って魔法が使える人が多いんだよね?」「まぁ、そうだな。それがどうした?」「いや、どうしてそれを使わないのかなと思って……」「ん? どういうことだ?」 僕は先ほどテッサの事を見ながら、思っていたことを父さんに話した。「なるほど。確かに種族的な得手不得手はあるが、学院に通っていたモノであれば初歩の魔法は使える者が多いからな。ただ……」「ただ?」「そんな使い方をしようと思う奴なんていないという事だ」「どうして?」「どうして……か。ロイド、今使われている魔法はだいたいが敵を攻撃するときに使う、又は自分を護る時に使うとしか教えられていないのだ。だからまさか水を汲んだり、水を温める事に使うなど考えられるはずがない」「う~ん。なんか変だね学院て」「そう言うな。ロイドも10歳になった時から通わねばならんのだからな」「え? 僕そういう場所なら通わなくてもいいなぁ。フィリアとあるとと一緒に遊んでいたいよ」「貴族の子供は通う事が決められているのだから諦めろ」「何とかならないかなぁ……」 大きなため息をついて、その学院という場所の事は話には聞いているけど、そもそも魔法がそういう事の為に学ぶことが基本だというのであれば、魔力の無い僕には必要のない場所ともいえる。「しかし、この事はガルバ
アルスター領へと帰ったアスティからは、頻繁に手紙が送られてくる。今日は何があったとか、今日はどの魔法の練習をしたとか、ガルバン様も頑張ってるとかそういう家族の事と、アスティ本人の事が多く書かれている。 手紙が来るたびに町に残ったアルスター家の人が届けに来てくれるのだけど、思った以上に頻繁に来る手紙に、少し驚きと共に僕へ苦笑いを向けてくる事が有る。 そういう事が有って、アルスター家の人達が住んでいる場所を『あの場所』とか言っていたんだけど、最近になって僕がふと『スタン』なんて呼んでしまった事をきっかけに、正式にスタンという名前が付いてしまった。 しかもその事をガルバン様には報告済みで、しかも承認までもらっているというのだから僕も驚いた。 驚いた事と言えばもう一つ――。「がう!!」「ん? まだ……眠いよ……」「うぉん!!」「わ、分かったから引っ張らないでよ、さ、さむい……あ、こら!!」「がうがう!!」 僕に向かって吠えながら、朝起こしに来てせっかくぬくぬくと寝ていた布団をめくってしまうのが、起きてしまった僕の方をジッと側で見つめてくる白い生き物。「はぁ~……分かったよ。このまま起きればいいんでしょ?」「うぉん!!」 声を上げながらフリフリと尻尾を揺らしているのが、父さん達と出掛けた林にて助けた犬。 あの後ついてくるこの子が怪我しているという事もあり、一度屋敷に戻ってちゃんとしたけがの手当てをし、そのまましばらくは僕が相手をしたりご飯を上げたりと世話をしていたら、僕にどんどん懐いてしまったので、そのまま僕の担当になった。怪我も
アルスター家が戻って行ってから既に三つの月日が流れ――11月。 とある日、僕は父さんとフレックに連れられて、屋敷の敷地の外にある林の中へと来ていた。ドランの町へと続く道の途中には林があり、そこにはアルスター家の人達が止まれるようにと作った家や簡単な修練所などが築かれていて、小さな村のようにもなっている。実はアルスター家の人達のみんなが領へと戻ったわけではなく、そこに留まっている人たちもいる。 アルスター家の使いとして、アイザック家とのつなぎ役としての役割を与えられた人たちで、数こそ多くは無いけど、色々な形で会うことが増え、自然と仲良くなっていた。 そんな中の一人がこの日、屋敷を訪ねて来たと思ったら、林の中に不自然に争った跡があるとの報告をしてきた。 日常的に魔獣やモンスターと呼ばれるものは町の外で駆ってはいるのだけど、はぐれたものが時々林を伝って入って来てしまう事が有る。 そういう時は父さんなどがその駆除に向かう事になっているのだけど、この日は僕にもついて来いと言われ、父さんたちの後をやっとの思いでついて歩いていた。「なるほど……。確かに何かが争った跡だな」「そうですね……しかも大物のようですね」 その現場と言われている場所に案内してもらうとすぐ、父さんとフレックそして領兵数人でその場を確認して回る。……~ん。――ん? 何か今聞こえたような……。 僕の耳にかすかに聞こえた音。その場できょろきょろと辺りを見渡すが、何かが居るような気配はしない。 僕の事を見ると走り出してくる者たちが居るので、じゅうぶんに警戒しなが